「ああ、窓が開いてたんか。」
そのことに気づくまで結構時間がかかりました。

先日、家族と車に乗って出かけていた時です。
ナビに写っているテレビ番組が面白くないので見たくありません。でも、iPhoneを忘れたので(というか、携帯電話をいつも携帯していません)音楽を聴くこともできません。そこで、たまにはFMでも聴こうと思ってFMをつけました。

たまたま、流れていたラジオ番組が面白く、運転しながらも耳を傾けていました。でも、なぜか音が聞き取りづらいのです。そんなに山道を走っているわけではなく、走っているのは国道です。そこで、電波が届かないわけがありません。

運転しながらでしたが、よくよく耳を凝らして音を聴こうとします。それでも聞きづらいのです。「なんでかな〜。」と思っていたら、ふと車の窓が開いていることに気づきました。「ああ、これは聞き取りづらいわ。」

窓を閉めた後は良く聞こえるようになりました。

その日は少し暑く、車に乗り込んだ時に車内が暑かったので窓をすかして走っていたのです。でも、いつの間にか窓をすかしていることを忘れてしまっていました。忘れてたというか、その状態に慣れた、普通になったということですね。

この、慣れた、普通になった、当たり前になったという状態は気をつけるべきです。というのも、お金がなかったり、不幸だとされることに慣れたり、それが普通になったり、当たり前になってしまうと、それを甘んじて受け入れてしまうからです。

そのうち、それに対して何も感じなくなります。はじめのうちは、お金がないことに対して「もっとこうなりたい。」という希望を持っていたとしても、ない状態が続いてしまうと、もうそれが普通になって当たり前になって、希望もクソもなくなってしまいます。

「人生そんなもん。」というのが口癖の状態ですね。「何をやっても同じ。」という言葉に支配されています。後ろ向きの諦め状態です。

あなたが当たり前だ、普通だと思っている状態は、本当に普通で当たり前のことなんでしょうか?お金のことでいえば、
「お金を稼ぐためには苦しいことでも我慢しなければならない。」
「お金は限りあるから大切に使わなくてはいけない。」
「お金を守るためなら、自分の欲しいものややりたいことは犠牲にしなければならない」
「将来のことを考えて、今我慢しなければならない」
「たくさんお金を稼ぐためには、たくさん努力して生産を高めて長時間働かないといけない。」
などなど、たくさんありますね。

あなたや世間ではそれが普通で当たり前かもしれませんが、そうじゃない人もいます。上に挙げたことが当たり前ではなく、その逆が普通の人もいます。

楽をして、楽しいことをしてたくさん稼ぐ人、好きなように使ってもお金が減らない人、増える人、そんな人もたくさんいます。

どちらが良くて悪いということではありません。あなたがどちらを選びたいか?ということです。前者には前者の経験があって、後者には後者の経験があります。

もし、あなたが普通だ、世間一般的に当たり前だとされていることが、あなたが望んでいる状態でなければ、その普通、当たり前を疑ってみませんか?

上級者向けメッセージ

あなたがもし、お金がなかったり、お金で苦労をしているなら、その経験を「悪い」、その状況を「悪い」と判断せずに、純粋に経験してみてください。

欲しいものが買えない、やりたいことができなくて出てくる気持ち、やりたくないことを我慢してやらなければいけない時に出てくる気持ちを「いい」「悪い」の判断なしに、純粋に経験してみてください。

これは、同じ状況を受け入れる態度でも前向きです。理想や希望はあったとしても、「なるほど。今はこういう状況なのか。」と今の現状を受け入れ、その状況を「いい」「悪い」の判断なく思いっきり経験してみましょう。経験仕切ったらそのステージはもう終わりです。次のステージが開かれます。